2010年7月30日金曜日

被爆建物レストハウスの地下

  平和公園 原爆の子の像近くにあるレストハウスは 呉服店でしたが 被爆当時は燃料会館になっていました。爆心地から約170m。原爆が落とされた時、建物の中にいた37人のうちたまたま地下にいたひとりが助かりました。ここがその地下です。じめじめした暗い場所です。

申込書を書けば 当日、レストハウスでも見学受付できます。団体で訪れたいとき、また、事前に見学したい時間が決まっている場合は 事前に広島市役所の観光課にお申し込みください。
レストハウスは 平常は9:30~18:00ですが8月1日から15日までは19:00まで営業です。

1 件のコメント:

  1. フェニックスセブン2010年7月30日 21:33

    第二次大戦当時のアメリカ政府は、軍事国債を大量に発行し、レンドレース法をつくり、ソビエト、中国、イギリス、等に大量の武器を送り続けて軍事産業の発展に貢献したが、帝国日本、第3帝国ドイツ、の軍需装備の軽く10倍以上の装備が有るにもかかわらず!、大量発注を続けたがドイツ、日本の敗戦確実と分かると、アメリカ政府は、ドイツと日本に軍事施設以外の一般人住居までも掃討作戦を実行し大量の消耗品で有る爆弾を作戦に必要の数10倍を投下した!、戦闘続行出来ない日本なのに!、戦争早期終結と言う名目で、人体実験を兼ねて広島、長崎に原爆を投下した!、米国政府の企業利益追及の被害を我々は受けた!、人道的犯罪行為ですね!

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